昔から世界中で薬であったプラセンタ

昔から世界中で薬であったプラセンタプラセンタには古今東西、薬として使われてきた長い歴史があります。医学の父・ヒポクラテスも治療に用い、世界三大美女であるクレオパトラや楊貴妃、マリーアントワネットや秦の始皇帝まで、プラセンタの若返り効果にいち早く気づいた権力者がその効能を得ようと密かに摂取していたといわれています。プラセンタは東洋医学では「紫河車(しかしゃ) 」という漢方薬で、血を作り肝臓や腎臓を強くして滋養強壮によいとされています。日本でも江戸時代に特別な薬として人の胎盤が使用されていました。加賀の薬種問屋が作っていた「混元丹」は混元(プラセンタ)を練って作った秘伝の薬でした。プラセンタに秘められたパワーは太古の昔から人々に注目されていたのです。

現代のプラセンタの歴史

現代のプラセンタの歴史現代のプラセンタの歴史は、旧ソ連のフィラートフ博士から始まります。博士は病気の患部に自分の胎盤(プラセンタ)を埋め込むという「組織療法」を開発し、これが世界に広まったのです。日本にも広まり、多くの研究者がプラセンタ研究を行なうようになりました。1944年には京都大学の三林教授が、日本初のプラセンタ薬「ビタエックス」の開発に成功。戦後の食糧難の中で国民の栄養向上に大きく貢献しました。1956年には厚生省認可の注射薬「メルスモン」が販売され、さらに1959年には稗田博士が肝機能障害治療薬として「ラエンネック」を開発と、次々にプラセンタ製剤が開発・販売されていきました。このほかにも多くの研究者がプラセンタに取り組み、今に至っています。